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伊那谷ツアーvol.1 みんなの丘「点で暮らすのではなく、小さな面で暮らしを考える」

2022.02.03
伊那谷ツアーvol.1 みんなの丘「点で暮らすのではなく、小さな面で暮らしを考える」

講座の直前に講師と、テーマにあったフィールド・現場を周る「伊那谷ツアー」。

Vol.1のテーマは、「住まいから考える森のこと」。訪れたのは、一級建築士夫妻が進める「みんなの丘」の建設現場。みんなの丘とは、共同で土地を購入し、自邸を含めた全4軒の家を建てるプロジェクトです。伊那谷の風土、森を活かす住まい、そして暮らしとは?


お話を聞いた方 プロフィール
一級建築士事務所 暮らしと建築社 
2008年設立。第16回木材活用コンクール優秀賞、第11回長野県建築文化賞、第12回長野県建築文化賞など、受賞多数。伊那市ミドリナ委員会委員。

・須永 次郎さん
1級建築士。群馬県出身。芝浦工業大学大学院修士課程修了。岡村泰之建築設計事務所、株式会社みかんぐみ。構造、断熱、デザイン等、比較的凝り性(形から入るタイプ)。植物・庭好き、12歳から薪ストーブ体験者(実家)

・須永 理葉さん
1級建築士。栃木県出身。芝浦工業大学大学院修士課程修了。株式会社みかんぐみ。新しく「やってみたら良い」と思うことを思いついて実行する事が得意で、逆に同じことをやり続ける事、体力を使う仕事が苦手。

土地の良さを最大限に活かして、
みんなで暮らす楽しみを見つける

南アルプスを真正面に迎える小高い丘。「南アルプスの女王」と呼ばれる仙丈ヶ岳の優美に聳え立つ姿が印象的で、ゆるやかな勾配を描く伊那谷の河岸段丘と相まった美しい風景に溶け込む場所です。

この小さな丘を舞台に、2021年、「みんなの丘」と銘打ったプロジェクトが立ち上がりました。一級建築士事務所 暮らしと建築社の須永次郎さん、理葉さん夫妻を中心に、子育て中の4家族(みんな時期は違えどたまたま移住家族)で土地を購入し、家を建て、ランドスケープを創っていく構想です。

<須永夫妻が理想としているピーターズントーの聖ベネディクト教会(スイス スンヴィッツ)周辺の谷の風景>

「北欧やスイスの山岳地の建築が好きで、かっこいいなと思いつつも、東京で修業していた時には絶対に関わる事がないと思っていました」。

次郎さんは、妻理葉さんの単身赴任をきっかけに伊那谷にやってきました。15年前のことです。そして夫妻は、この地で建築事務所を構え独立。東京にも実家にも戻らず、遠方に山々の見える風景と澄んだ空気が気に入って、伊那谷に住み続けたいと考えるようになったといいます。

<着工前の住宅模型>

理葉さんは、「土地探しからだと5年ぐらいの歳月をかけてきました」と感慨深げ。「この土地の良さを最大限活かして、みんなで暮らす楽しみを見つけて行きたいと思います」と話します。

須永夫妻は理想とした土地に巡り合い、縁がつながり、家族が集って「みんなの丘プロジェクト」はスタートしました。

<みんなの丘の住民は、フリーランスが多いので潤沢に資金があるわけではなく、部類でいうとローコスト住宅。その中でも、寒さが厳しい長野県での暮らしに備え、断熱性能が落ちない設計や仕組みを随所に施している。>

<外壁のオイル塗装は住民で協力し合いながら行った。コスト削減の意味もあるが、その後の暮らしでのメンテナンスもできるところは自分たちで行えるようにとの意味も込めて、「暮らしの準備体操」と理葉さんは話す。>

家族の個性に沿いながら
コミュニティで周辺環境に調和する

今まで、ありそうであまり聞かない住まい方。具体的には、どのような工夫で実現させていくのでしょうか。

周辺環境を活かした住まい方を実践したいと考えていた次郎さんは、「既存の街並みや隣家の景色の迷惑にならないよう配慮しています。窓の開け方と高さをコントロールして、4軒全部の家から山が見えるようにも考えました」。4軒の建物を一度に建てるので、まとまりとしてのイメージと、既存の街並みとの親和性をよく考えながら、形を決めていったといいます。

「今回のプロジェクトが円滑に進むよう、土地代と整備費用、庭の工事費とデザイン料は4軒で同じ金額を負担しあって、自分の土地の境界線ではなく、全体が自分の暮らす庭として考えることに、みんなが合意していることが成功の秘訣だと感じています」と理葉さん。

周辺環境を活かし配慮すること、小さなコミュニティとなった4家族で共有する部分を持つことがキーワードのよう。

<-20度にもなる軽井沢での多くの設計経験が、暮らしと建築社の本領とも言える、「断熱をしっかりしてエネルギーを無駄にしない暮らしの実践」へと繋がっている。床材には、有賀製材所の広葉樹の栗を使用。現代の椅子での暮らしにはハードウッドの硬さが必要だが、その中でも伝導率が低く触れ心地がよい栗は寒冷地に向いているので、よく利用しているそう。>

でもまず目指したのは、4家族の個性がきちんと反映されていること。

その上で、4軒の家のコンセプトは様々なれど、「伊那谷の景観に合うデザイン」「伊那谷の木を外観にも取り入れたい」「伊那谷の気候にあった形が良い」「景色を家の中から楽しみたい」、そんな共通の意識を醸成して、周辺に馴染むデザインへと落とし込んでいきました。

何かを規定するのではなく、出てきた結果で醸し出すものがあるのではないかと考えたからだといいます。

<有賀製材所では、歩留まり良く取るために丸太の太さにより製材の幅を変えている。次郎さんによれば、その乱幅乱尺の製材が、住宅のなかで表情を見せてくれる。また、材料を無駄にしないことになるので、とてもいいと思っているそう。>

ローカルなつながりが
地域材利用を可能にする

須永夫妻が、プロジェクトの中で込めたメッセージの一つに、“地域材利用”があります。みんなの丘が位置するのは、行政区域でいうと伊那市。面積の約83%が森林ですが、みんなが地域の木を使って家を建てているわけではありません。

このエリアに限ったことではなく、2021年3月頃から叫ばれ出した“ウッドショック”により、建築材を輸入材に頼る日本の現状が浮き彫りになりました。計らずして、みんなの丘はウッドショックの只中に計画を進行していくことになります。

「この地域でも影響は出ていますが、グローバルな問題よりローカルなつながりで、みんなの丘では乗り越えられました」と理葉さん。「私たちは兼ねてから少しずつ、内装のフローリング、外壁の木部、構造に関わらない下地材など、地域材を地元の有賀製材所さんにご協力頂いて、建物に取り入れてきました」。一朝一夕に適ったわけではなく、この15年の技術の積み重ねと関係性が為せる技でした。

また須永夫妻は、伊那市ミドリナ委員会の委員に所属し、「森と暮らしを近づける」活動を続けてきました。この活動を通して理葉さんは、「つながりの中で暮らしていくあり方の方が自然で強い」と思うようになったそう。

<同じ長野県内でも、場所によって手に入る木は変わってくる。理葉さんは、「有賀製材所の有賀さんとの関係性で、うまく使える木を入れてもらっているなと思う。さらに、連携している工務店さん、プレカット会社さんも地域材を使うことに寛容です」>

地域材を使えば、地元の製材所、林業従事者など、地元で循環する木の経済を活性化することができるし、運送エネルギーの削減、延いては環境保全にも役立つ。しかし、サプライチェーンが確立化していないので簡単にはできない。須永夫妻は、風合い、耐久性、コストバランス、供給力など、少しずつ身につけ、使えるようになってきたといいます。

<自邸の外壁は、唐松で柾目に挽いてもらう使い方をしている。次郎さんは、「すごく綺麗で品があり、雨にも強く、変形も少ない、自信を持って他の建築家にも紹介できる」という印象を持っているそう。>

「今回自邸では、実験的に伊那市産の赤松・唐松の天然乾燥材をメインフレームとして採用しています。それがどんな影響がでるのか、こちらも新たな試みとして楽しみです」と次郎さん。

「外壁材、床材、下地材と地元産を使ってきましたが、こうして地味でも着実にそして適正にあった使い方をしながら、ジワジワと地域材の利用が上がっていくお手伝いができればと思っています」と理葉さん。

須永夫妻は、地元材の現代の暮らしや感覚にあった使い方を伝え続けています。

「人が普通に暮らすこと」そのものが
そのまま場の豊かさに繋がる

今プロジェクトの根幹を成すとも言える“ランドスケープ”。伊那谷の環境が気に入って移住してきたランドスケープアーキテクトの吉岡夫妻「とちどちランドスケープ室」が手掛けていきます。人工的ではない里山のような循環型の庭づくりが持ち味。

<とちどちランドスケープ室が作成したみんなの丘ランドスケープのコンセプト
“伊那谷の魅力をミニマムに凝縮し「人が普通に暮らすこと」そのものが、そのまま場の豊かさに繋がっていくようにすること。それは各敷地の「境界」を超えて敷地全体として「おおらかなランドスケープ」を作り出していくことで、一つの宅地では出来ない「環境」を創出し、より大きなこの土地の価値や本来有しているこの土地のポテンシャルを植物や生きものに助けてもらうことで顕現させていきます“>

実際の庭造りは、この春から。住民が暮らしながら感じたことも庭に反映させていきます。

「庭づくりも最初は吉岡さんに手伝ってもらい、そこから先は、住民たちでできることで風景が出来ていくのが楽しみです」と次郎さん。

実際の生活に関わる車の取り回しや、ご近所さんとの折り合い、視線を遮ったり、開いたり、を含めながら、自然の循環の一部になれるような庭になるように樹種や広場について検討を重ねられました。

<プロジェクトを始めたばかりの頃。まだ何もないみんなの丘。>

<薪置場もみんなでDIY。4軒とも同じ薪置場が出来て、同じアイコンが小さな面を作るのを助けてくれる。>

「デザイン的にもお金の使い方としても気持ちのいい家を建てて、それが森のサイクルとつながっている。そんな仕事ができることが、森に囲まれたこの場所で仕事をしている良さ」と、理葉さん。

「特別ではないフツウの暮らしを気持ちよく実現したい。(商業や経済のための手段にならないように)。生活そのものが街を作ることを実感したい。自分たちで実践して実現することで伝えられるものがあれば良い」と、次郎さん。

“暮らしと建築社”という屋号を掲げた須永夫妻が生み出した、新しい共同住宅の形が「みんなの丘」。木を見て森を見るように、家族を見て周辺環境を見るような住まい方なのかもしれません。


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