林業とは森を活かす仕事
再編集で林業多様化時代へ
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■クロストークメンバー プロフィール
<講師>
・青木 亮輔さん
大阪府出身。東京農業大学農学部林学科卒。大学時代は探検部に所属し、モンゴルの洞窟調査やメコン川の源流航下に熱中する。卒業後、1年間の会社勤めを経て、「地下足袋を履いた仕事がしたい」と林業の世界へ。2006年、東京チェンソーズを創業。森林整備事業をベースに、木に付加価値を付け、1本まるごと使い切る木材販売を展開。今後は森林空間の活用にも力を入れ、小さくて強い林業を目指す。
・森本 達郎さん
奈良県生まれ。立命館大学経営学部卒業。2016年大手木材商社勤務。2019年家業である森庄銘木産業株式会社に入社。商社時代は国産材に留まらず全世界の木材販売を経験し、家業に戻ってからは「森と暮らしを繋ぐ」をテーマに森の可能性を模索中。林業復活の基礎となる山の境界明確化事業は3年目を迎え、持続可能な森づくりを行うためコツコツと地域の皆様と共に推進中。
<地域プレイヤー>
・北原 淳史さん
小学生の頃、学校の環境委員長という役を任されたことで、環境問題へ興味を持つ。その後、持続可能なモノ作りをテーマにしていた信州大学工学部へ進学。大学卒業後、山造りに関する講習会を運営していた電子部品メーカーへ就職。同講習会を受講しながら4年間製品開発とマーケティングを担当するが、もっと山と深く関わりたいと思い、退職。それから現在に至るまで、個人事業主として島崎山林塾企業組合へ所属。
<ファシリテーター>
・奥田 悠史さん
三重県出身。信州大学農学部森林科学科卒。大学を休学しバックパッカーで世界一周旅行へ。帰国後、編集者・ライターを経て、2015年にデザイン事務所を立ち上げる。2016年「森をつくる暮らしをつくる」をミッションに掲げる株式会社やまとわの立ち上げ、現取締役/森林ディレクター。伊那谷フォレストカレッジを企画・運営。
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山を資産と捉える林業
長期スパンで山主と関わる
林業と一口にいっても、携わり方はさまざま。今回の登壇者である3者は、それぞれに違う立場で林業を行っておられます。自社林を運営する青木さん、山守を掲げる森本さん、個人事業主の木こりである北原さん。まずは、林業の仕事について、知っていきます。
奥田:最初に林業の仕事について深めていきたいと思います。例えば、北原さんの仕事はどのように始まりますか?
北原:2種類あって、山主さんから自分の山の整備を頼まれるケースと、逆にこちらから持ちかけるケースです。前者はわかりやすいのですが、後者がすごく大変。まず所有者を見つけます。所有者が見つかっても自分の山の範囲をわかっていない状況が多いので、山に立ち会ってもらって境界を決めます。そこから、我々の方で道の開け方、整備の仕方、見積もりを提案し、OKをいただいたらようやく作業が始まります。
奥田:見積もりでは、木の売上から作業賃を引いた金額が山主に払われる金額なわけですよね。木の値段が高かった時は、山主にお支払いできていたが、今は作業賃も賄えない程なので補助金で補填されていますよね。
北原:そうですね。もしくは山主さんからお支払いいただくかですが、それは気が引けるところもあって。
奥田:山主からすれば、お金を払って整備することも重要でしょうが、なかなかその余裕もないのかもしれない。
青木:そう考えると、不思議ですよね。庭だったら整備費用を出して整備するのに、山だとなぜそうなってしまうのでしょう。
北原:山の木は過去に人が植えて育ててくれた場所が多いので、その分お金を払えるように努力したいなと思います。野菜に例えると、知らない人の畑に入って、「野菜を収穫させてください」っていっているようなものなので、その分のお金を払わないといけないなと思います。
奥田:やはり、山は資産であるということですね。庭は自分の生活空間というか。山を守ると書いて「山守」を名乗られている森本さんは、いかがでしょうか?
森本:やっていることは、北原さんがおっしゃっていることとそんなに変わらない。吉野だと、木を植えて60年から百何十年経った森がある。山主さんが想いを持ってその状態まで持って来られている経緯があるので、吉野林業を背負う山守として、その森をどう活かしたらいいかと思うし、逆にそこを任せられている責任感もあります。
奥田:スパンが肝。長期で山を管理することが前提になっているわけですね。
森本:森自体が短くても50、60年かかって出来ている。だから僕らも山主さんに寄り添う気持ちで、世代を跨ぐつもりで、関わらないとなと思っています。
北原:僕が今までに関わった現場も長期的な管理を任されるケースが多かったです。1回の整備で終わる現場はほとんどなくて、1回間伐に入ったら「次は収穫して植えましょう」と提案をしたり、計画を立てて仕事をしていきます。森本さんとかなり似ていると思います。
自社林が切り拓く
補助金だけに頼らない林業
林業は、山主との連携と補助金がキーになり、成り立っていることがわかりました。一方青木さんは、自分の会社である東京チェーンソーズで自社林を持ち、事業を展開されているそう。その中で見えてきた視点とは?
奥田:対して、青木さんは自社林をお持ちですが、なぜ自社林を所有してやっていくことになったのですか?
青木:補助金がなくても成り立つ林業を模索したことがきっかけです。仕組みづくりができないかと、 「東京美林倶楽部」をやってみることにしました。山主さんに森を貸してほしいと相談したら、「貸すのもいいけど、買わないか」と話があり、借金をして10haほど買いました。その後、山から木を切り出して売ろうとしたのですが、いまいち売り先もなく、木材価格も安かったので、難しい状況でした。ちょうどそのタイミングで、FSC認証を取得した流れもありました。FSC認証を取得すると、年間の成長分しか山から木を切り出せない。体積でいうと、80立方から100立方くらいです。10haの山では、100万円ぐらいの売り上げにしかならない。その状況で、どれだけ売り上げを伸ばせるのかを試してみたいとも考えました。
奥田:その活動が「MOKKI NO MORI」へも繋がっているのですね。今林業は補助金が7割と言われている中、補助金を使わない林業に挑戦してみて、手応えはありますか?
青木:補助金が必ずしも悪いわけではないと思っています。経済性だけではなく、森林は環境を守っていく公益的な機能を発揮する必要があるので、その意味合いでは補助金は必要だと思う。ただ、木を切って売って商売をする側面では、補助金がなくても成り立つ形って大事だと思っています。例えば、「木を1本まるごと使い切る」をテーマに、1本の木からどれだけ売り上げを伸ばせるかといったチャレンジをしています。
また、補助金だけに頼ってしまうと、その中で人件費の計算をすることになります。今全国の林業従事者の7割が日給月給で働いていると思うのですが、補助なので割と低めの設定で計算されてしまう。給与を上げたり会社の経営を盤石にするまで資金が回らない。この視点からも、補助金だけに頼らないことが大切かと思います。
奥田:確かに。補助金頼りになると、補助金がつくための林業のやり方になりますもんね。そこは結構問題な気がしますね。
北原:まさに、今年の冬に予定している複層林の作業(樹高の高い木と低い木が混在しており、低い木を育てていくために高い木を全て伐る)は、補助対象外です。金額的には厳しい現場ですが、補助金をもらうために山にとって不適切な作業内容へ変更することはなるべくしたくない。その辺は葛藤があり、悩ましいです。
奥田:森本さん、吉野は長伐期の施業で補助金が出ないことも多いのではないですか?
森本:仕事の中だと、確かに3割くらいは補助金なしです。補助事業になると制約があり、結構色々なことを考えないといけないので、課題です。先ほどの青木さんの話にあったように、職人さんへの給与や若手の人材育成の話はまさにそうで、難しいです。
担い手不足、境界確定
課題を解決して次の段階へ
補助金ありきの林業から生まれる課題が議論されました。他にも、林業課題の話題で取り上げられることが多いのが、担い手不足と境界確定の話。地域での林業の現在地は、どうなっているのでしょうか?
奥田:林業従事者は、今全国で約4万5000人。日本国土の7割が森林なので、その人数で管理できるわけがないという中で、担い手をどう考えるか。森本さんや青木さんの会社は木こりが何人ぐらいいて、年齢構成はどうですか?
森本:だいたい10人です。私の親世代の60歳前後が多く、地域をみると70歳前後のスーパー元気おっちゃんが多いです。最近、若い世代も入ってきてはいますが。
青木:今、林業事業部のメンバーは10人くらいで、平均年齢は35歳くらいですね。東京都では割と若返りで世代交代が終わっていて、比較的若い人が多いです。平均年齢も50歳切っているかもしれません。
北原:伊那の林業従事者の平均年齢はわからないですが、ここ最近20代、30代の若い人が増えてきてはいますね。
奥田:次の人たちをどう育てていくのかは、課題としてありますね。踏まえて、林業の課題感、ボトルネックはどこにあるのでしょう?
青木:これまでは、どちらかというと大規模な林業が主流だったと思います。そういった森林組合、老舗の林業会社さんが、これからも中心になっていくとは思うのですが、僕らのような割と小さめの林業体が地域の特色に合わせていく。小さな林業会社が増えていって、林業という業態が多様化していくことが、大事になっていくと思っています。自伐林業も注目されていますし、そういったところがもっともっと強く、個性豊かになっていったら変わっていくのではないかと思います。
奥田:地域ごとに合わせた生業づくり方が大切になっていきそうですね。「小さくて強い」「小さくておもしろい」林業。そして、そこがさっきの補助金の問題とも絡んでいきそうですね。
森本:自伐型林業は、まとまった面積を管理していくことが前提となりそうです。僕らの仕事である“境界明確”の事業もそうですが、「山の境界ってどこですか?」と山主さんがいうくらいの状態から入っているんですね。これは僕らの地元だけでなく、全国の課題だと思います。その課題を解決しないと効率的な林業、特に小さくて強い自伐型林業は難しいと思っています。そもそも境界確定の仕事は、僕らがやるべきなのかとも思っています。
北原:土地の話なので、一番は行政が主導してくれるとありがたいですね。伊那周辺だと、行政も林業に力をいれていますし、割と森林組合さんが境界確定などの現場づくりをやってくれています。境界確定と作業の合意までとってくれ、作業できるフィールドが用意されれば、小さな事業体でも活躍しやすい。
奥田:境界確定の話は、よく出てくる課題ですね。財産区をみんなで分けた経緯から、すごく小さな面積で分かれていますよね。びっくりするくらい小さい。ある程度お金をかければ、解決する問題であればやった方がいいと思うのですが、どう思いますか?
北原:お金をかければある程度解決する問題だと思います。人手も足りていないですが、境界確定作業をするための人件費が捻出できれば、境界確定作業は進むと思います。
奥田:そこを解決して、みなさんが地域ごとにあった林業を考えるフェーズに入っていったらいいですよね。
業界を越境する連携で
森を活かす林業が芽生える
現在の林業課題を解決すれば、地域ごとに特性のある林業が生まれていくのではないかという議論がされました。さらに、「森を活かすには?」「分断された森と人をつなぎなおすには?」林業側からまち側へ視点を投げかける形で、議論は深まっていきます。
奥田:森庄さんは森のツアーをしたり、チェンソーズさんは森を開いて色んな人に来てもらったりしていますよね。そういった活動から、山をまち側に開いていく重要性を感じますか?
青木:今、人工林が樹齢50、60年経ち高齢期を迎えているのですが、この後過去みたいに大規模に皆伐が進んで、日本全国禿山になることはそうないと思う。と考えると、森林の空間はどんどん熟成されていく。国有林や天然林は保養地として人が入れる場所ですが、人工林もそうなっていく可能性がある。まちでいうと、映画館や美術館にいく感覚で、ちょっと森にいってみようとなるかもしれない。森や木から離れてしまったのは、森や木を知らないので恐れがあり、使いづらくなり入りづらくなった。この40年くらいの間に分断されたと思うので、それをまたつなぎ合わせることは必要になってくると思います。
森本:僕らのところにも、山に関心がある方が来てくれるようになりました。祖父の話を聞くと、昔はいろんな人が山に来ていたみたいです。1本木を倒し、根っこの方は五右衛門風呂の敷板にし、枝を細かく切って薪風呂にくべるとか。一方、木材価格が高くなりすぎて、山に入るなという時代もあった。その影響があったかもしれないですが、時代が森と離れてしまった。
奥田:森を活かすのが林業だとすれば、他の業界や業態との組み合わせで相互効果を出していくのがすごい重要になってきそうだと思います。
青木:森を色々な業界の人が見た方が、可能性としては広がっていきそう。
奥田:森の知識を浸透させながら共有して、森をフラットに考える。そんな中にフォレストカレッジがあります。森を見る視点は本当に人それぞれなので。
北原:昔は、山は木を育て生産する場所でした。今はそれだけじゃなくて、新たな付加価値をつけて、山を活かしていこうという流れになっていると思います。僕ら木こりは山の知識があり、山を整備する技術を持っている。これがベースにないと、山を活かすことはできないと思う。今後もしかしたら、木こりの仕事は、木を伐って売るのではなく、山を活かすための土台づくりになっていくかもしれないですね。
会員制コモンズで
みんなで森を共有していく
山の知識があり、整備ができ、コーディネート的な役割をもしてくれる木こりの技術を持った人がハブになって、かつてのように山や森にもっと気軽に人が入れる時代が来そうです。実際に森を共有している青木さんの活動の話から、さらなる具体性が見えてきます。
奥田:今日の午前中に、みんなで伊那市の市有林に行ってきましたが、いかがでしたか?
北原:地形が緩くて広葉樹がたくさん生えている森だと思いました。人工林として針葉樹を植え、素材生産をしていくのはもったいない。もっと他に活かせる可能性があると思います。
奥田:そうですね。雑木が非常に多い森でした。日本の場合は、建築用材としての林業が強いので、家具用材としての広葉樹はあまり市場に出回らないですよね。特にこの辺だとそうですが、北原さんは広葉樹を出されていますか?
北原:たまに森の中に大きな広葉樹があって、伐らざるをえない時に伐るくらいですが、需要もそれくらいなのでちょうどいいです。トラック数十台分も広葉樹を伐っても、家具屋さんはそんなに使わないですからね。
奥田:MOKKI NO MORIは、どんな森ですか?電気、水道、トイレもないと聞きました。
青木:斜面が急な分、ぱーっと抜けていて景色がいいです。森林の空間を活用しようと思うと、電気や水はなくてもいいんだけど、トイレ問題は一丁目一番地ですね。うちでは、「風の縄文トイレ(穴と溝を掘って、屋根付きの簡易小屋を設えたトイレ)」を使っています。空気と水の通り道をつくることで、臭いがあまりでず、早く分解していく仕組みになっています。
奥田:山や森は不特定多数の人とわいわいするのではなく、会員やコモンとしての使い方が向いていそうですね。
青木:不特定多数が出入りすると、トイレや火の問題などのルールが難しいですね。他の視点では、会員制にすると会員さんからのフィードバックやつながりから生まれてくるものもあります。東京美林倶楽部の会員さんが、MOKKI NO MORIの運営を一緒にやっていたり、会員さんにもなってくれたり、クラウドファンディングで支援をいただいたり、応援団的な方々が結構いてくださいます。
森と人が離れたことで
漸増した獣害
森を活かすための林業の多様化には、多くの人が節度を持って森を共有していく視点が醸成されました。最後に、喫緊の課題である獣害について、意見が交わされました。
奥田:獣害をなんとかしないと、持続可能を実現していくのは難しいという話があります。現実、獣害問題はどうなっていますか?
森本:色々な課題がありますが、その中でも獣害は肌感覚としては甚大ですよね。僕らが何十年と育てていこうと植えた木を、1日のうちに鹿とかに全部食べられてしまう。特に、戦後再造林のフェーズではなかった課題な気がしています。山にいると長伐期を迎えた昔の木のなかには、鹿剥ぎや野うさぎにかじられた木も確かにあるのですが、そんなに多くはない印象です。戦後、鹿や猪がどんどん増えてきている。それは僕らが森から遠ざかったから。獣害と言いながら、目の前にいる鹿をあやめたい気持ちにはならないですが、森を育てていくなかで何とかしないといけない。
北原:柵を張るとか色々なやり方はあるのですが、それに対する人手や材料費などのコストがかかる。ただでさえ、収穫作業は売り上げがありますが、植林や草刈りは売り上げが何もないなかでやっていかないといけないので、非常に厳しいです。
森本:しかも、鹿柵は根本治療ではなく対処療法ですし。この課題こそ、今まで林業に携わっていない方の知見や叡智を結集させていかなければと思います。
奥田:森と距離ができたから、出てきている問題だと思います。江戸時代もひどかったけど、江戸の人たちが50年かけて戦って山に追い返したという記述をこの間読みました。封印が解かれているので、もう一回どうやったら封印できるかを考えないと。森と生きていくという時に、森の中にいる生物もうまく循環のなかに取り入れていかないといけない。ジビエを食べたり、皮を資源として使うこともそうですが、みんなで考えていきたいですね。